「信長の野望 Online」の「今川家」に登場する武将達のプロフィールを紹介しています。


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菅沼 定村 安部 元真 天野 景貫 伊丹 康直 山田 景隆 奥平 貞能 井伊 直親 朝比奈 信置 久野 宗能 飯尾 連竜 関口 氏広 岡部 正綱 蒲原 氏徳 朝比奈 泰朝 由比 正純 鵜殿 長照 今川 義元 太原 雪斎 葛山 氏元 岡部 元信 庵原 将監 鵜殿 長持
・未所属
今川 氏真
斉藤 元清
松下 之綱
大原 資良

その他の武将・人物
寿桂尼
武田 信虎
玄広 恵探
福島 正成
興津 清房 瀬名 氏俊 一宮 宗是 三浦 義就 松井 宗信 新野 親矩 萩 清誉 富士 信忠 栗生 永信

・徒党員として登場する武将
吉良 義安 孕石 主水 藤枝 氏秋 長谷川 正長 戸田 重貞
菅沼 定盈

=今川家 当主=

今川義元

今川義元
今川 義元 (いまがわ よしもと) Lv70 大名 総大将
「我ら今川は、れっきとした足利一族。 将軍家の勢威を盛り立てるため、急ぎ西上しなければならぬ。 ・・・もし、今の将軍家に乱世を束ねる器がないのであれば・・・ そのときはやむを得まい。 のう、○○よ? くく・・・。」

今川家の大名。
名家の血筋と名軍師、卓越した政治手腕と軍事力を持ち戦国時代初期に一大勢力を築き上げた「海道一の弓取り」。
北の武田、東の北条と手を結び、西の京を目指して天下に号令せんとするが、その野望は桶狭間の豪雨に流れ去った。
今川義元、および今川家についての詳細は こちら をご覧下さい。
徒党員武将
吉良義安 孕石主水
部隊アイテム
義元左文字 = 詳細不明。
ドロップアイテム
宗三左文字 = 刀。 侍・忍・鍛。 攻撃57、耐久70、Lv22。 生命+40、気合+20、各属性+3。

=今川家 武将詰所 (小屋敷)=

斉藤 元清 (さいとう もときよ) Lv36 侍
「国を治めるには、民への心配りも必要だ。 町で困っている者を見かけたら、必ず手を貸してやるのだぞ。」

(いきなりですが、詳細がわかりません・・・)
(「斉藤」という苗字の今川家臣は数人いるのですが、元清という人は不明です・・・
今川家の家臣に「斉藤 安元」という人がいて、駿河の守備にあたっていたようなので、「元」の字が共通することからこの人の親か子、もしくは混同があるのではないかと思います・・・?)




安倍 元真 (あべ もとざね) Lv45 陰陽師 与力 先陣中翼
「井の中の蛙にはなりたくなかろう? たまには自国を飛び出して、敵国に行ってみるのも一興だぞ。」

今川家後期の重臣。
「安部家」は元は信濃に勢力を持っており、戦国時代の名将「真田昌幸」や「真田幸村」の真田家とは、親類の関係にあったらしい。

安部元真は武田家の駿河侵攻の際、同僚の 岡部正綱 と共に駿河の「駿府城」を守るが、武田家の攻撃に耐え切れず降伏する。
その後、徳川家の配下となって駿河で再び武田家と戦い活躍した。

部隊アイテム
藤枝蒔絵掛硯箱 = 特殊装備。 防御4、耐久22。 器用さ+3、魅力+3。
ドロップアイテム
高級な水干 = 胴装備。 神・陰。 防御20、耐久26、Lv15。


松井 宗信 (まつい むねのぶ) Lv50 僧 敵中陣後詰
「・・・よいか、○○。 力押しだけでは、この乱世生き残れぬ。 まずは信頼のできる仲間を見つけることだ。 さすれば共に競い合い、助け合い・・・自然、成長することができようぞ。」

遠江にあった「二俣城」の城主。
遠江の代官も兼任し、内政や治安の維持に尽力した。
今川義元 に付き従って各地を転戦したが、今川家の上洛(京都への進軍)の途中、今川義元 が 織田信長 の奇襲にあって戦死した「桶狭間の戦い」で、義元と共に戦死する。
奮戦の末の死だったという。
ドロップアイテム
駿河三鈷杵 = 打棒。 僧・神・陰・薬。 攻撃24、耐久38、Lv16。低速化・壱(30)


菅沼 定村 (すがぬま さだむら) Lv45 侍 与力 先陣左翼
「攻撃は、最大の防御だ。○○。 斬って、斬って、斬りまくれ!」

「菅沼家」は、「山家三方衆」の一家である。
「三家三方衆」とは、三河の東の山奥のくぼ地一帯を支配していた豪族(地方権力者)の集まりで、その地方に独自の勢力を持っていた。
しかし、ここは戦国時代には 今川家・武田家・徳川家 の3つの勢力が競合する地域であり、戦略上の重要拠点でもあったため、各勢力からの圧力や調略(引き抜き工作)を頻繁に受けていたようだ。

菅沼定村 は今川家の配下であり、城主も務めていたが、「桶狭間の戦い」で 今川義元 が 織田信長 に討ち取られると、今川家から離反。
その後は徳川家に仕えている。
徒党員武将
菅沼定盈
部隊アイテム
駿河雛人形 = 特殊装備。 防御4、耐久22。 耐久+6。
ドロップアイテム
漆塗り黒腹巻 = 胴装備。 侍・僧・鍛・薬。 防御35、耐久63、Lv15。 全属性+2。


富士 信忠 (ふじ のぶただ) Lv45 僧 敵先陣後詰
「訓練と実戦をともに経験してこそ、一人前になれるというものだ。 焦るな、○○・・・ ゆっくり成長していけばよいのだからな。」

富士山の「大宮浅間大社」という神社の大宮司。
この大社は全国にある「浅間神社」の総本宮で、富士山をご神体としている。
彼は大宮司(神主の最上位)であると同時に今川家の家臣でもあったが、これは「寺社勢力」を支配下に取り込む今川家の政策の一つだった様だ。

武田家の今川領侵攻が始まると、北条家の援護を受けつつ「大宮城」という城で武田軍の攻撃を防ぎ続けるが、最終的には当時の今川家の当主「今川氏真」の命令で武田家に降伏。
以後は再び、神社の宮司に戻る事になる。
ドロップアイテム
駿河独鈷 = 打棒。 僧・神・陰・薬。 攻撃22、耐久75、Lv14。




天野 景貫 (あまの かげつら) Lv45 陰陽師 侍大将 先陣右翼
「俺は殿から感状を賜った身だ。 気易くするんじゃねぇぞ。」

今川家の家臣の中でも武闘派であり、多くの戦場で勲功を上げた。
今川家の三河攻略の際には特に功績が大きく、義元から感状(感謝状)を賜っている。
一方で、今川義元 が「桶狭間の戦い」で 信長 に討たれると、武田家に裏で通じつつ、徳川家とも密かに協定を結ぶなど、したたかな一面も見せている。

その後、今川家を離反して武田家に仕え、徳川家や今川家との国境沿いにある重要拠点「山家三方衆」や「長篠城」を攻略。
さらに武田家が上洛(京都へ進軍)する際には道案内を務め、先陣として徳川家の城を落とした。
しかし武田信玄が病死したため戦況は急変、徳川軍から反撃を食らう。
武田家が滅亡した後は北条家に仕え、東北地方の大名「佐竹家」との戦いで活躍している。
部隊アイテム
三階松三日月扇 = 特殊装備。 防御5、耐久24。 気合+40、知力+4。
ドロップアイテム
高級な水干 = 胴装備。 神・陰。 防御20、耐久26、Lv15。


荻 清誉 (おぎ きよたか) Lv45 神主 敵先陣後詰
「人望が厚くなれば、自然、人は集まってくるものだ。 一人ではこの乱世・・・生きていけぬぞ。」

武田家が駿河に侵攻してきた際に、それを阻むために出陣するが、山県昌景に討たれたと言う。
詳しいことはよく解らないが、とりあえず名前負けしている。
ドロップアイテム
誉の大弓 = 弓。 侍・神。 攻撃24、耐久28、Lv14。

=今川家 奥屋敷=

新野 親矩 (にいの ちかのり) Lv50 陰陽師 敵中陣後詰
「・・・千里の行も、足下より始まる。 どんなに遠大な計画も、手近な一つ一つの行いから始まるものだ。 焦らず、騒がず、まずはできる事から努力していくことが大事だぞ。」

遠江にあった「新野城」の城主。
「桶狭間の戦い」で 今川義元 が 織田信長 の奇襲によって戦死し、その勢力が急速に弱まり始めると、遠江では元今川家の家臣や城主達による今川離反運動「遠州錯乱」が発生する。
この 遠州錯乱 で同僚の 井伊直親 が謀殺された後、その子を引き取って養育した。 この子供が、後に「赤備え」で有名な徳川四天王「井伊直政」となる。

その後、義元の後の今川家当主「今川氏真」に従い、「遠州錯乱」の中心人物「飯尾連竜」の攻撃に参加したが、その戦いで戦死した。




朝比奈 信置 (あさひな のぶおき) Lv50 薬師 与力 中陣右翼大将
「天下を取るのは、今川家以外に考えられぬ。 ・・・が、もし万一のことがあったとすれば・・・次に考えられるのは、やはり信玄公かのう・・・。」

戦国時代初期に織田家との戦いで活躍した武将。
しかし 今川義元 が戦死し、今川家が急速に衰退して、武田家の侵攻を受けるようになると、今川家に見切りをつけ武田家に寝返った。
武田家では非常に重用され、武田家の重臣「山県昌景」の配下となるが、織田・徳川軍の甲斐侵攻の際に戦死した。

部隊アイテム
おかんじゃけ = 特殊装備。 防御3、耐久22。 気合+30、器用さ+3。
ドロップアイテム
行者の冠 = 頭装備。 僧・薬。 防御17、耐久29、Lv18。 取引不可。 知力+4、魅力+2、土+4
行者の鎧 = 胴装備。 侍・僧・鍛・薬。 防御43、耐久49、Lv19。 全属性+4。


山田 景隆 (やまだ かげたか) Lv45 陰陽師 侍大将 中陣左翼副将
「昨今の若者は、己の立身出世のことばかり。 命を懸けて殿を、この国を守ろうとする気骨のある者など皆無に等しい。 このままでは、当家は・・・。」

詳しい伝記は不明だが・・・
三河の国がまだ今川家の支配下だった頃に、その地方にあった「川手城」の城主を務めていたが、武田家の攻撃で落城したらしい。
後に一族は徳川家の重臣「井伊直政」に仕えたと言う。
部隊アイテム
駿河竹線筋細工 = 特殊装備。 防御5、耐久24。 器用さ+8。
ドロップアイテム

陰陽の衣 = 水干。神・陰。防御20、耐久16、Lv17。 知力+6、全属性+3。


興津 清房 (おきつ きよふさ) Lv50 陰陽師 敵後陣後詰
「・・・私の隊に入りたいのか? ならば、腕だけでなく、美しさを極めてくるがよい。」

駿河の国の興津地方を支配していた豪族(地方権力者)。
興津の一族は元々「水軍」であり、駿河沖の海を通過する船から通行料などを取っていた。 要するに海賊の類である。
興津清房はその水軍と共に今川家に仕え、また甲斐の武田家からの侵攻を防ぐために「横山城」という城を築き、その防衛にあたったと言われている。
ドロップアイテム
興津麻の水干 = 胴装備。 神・陰。 防御25、耐久19、Lv20。 耐久力+5、器用さ+5。




久野 宗能 (くの むねよし) Lv45 陰陽師 侍大将 中陣右翼副将
「・・・最近、当家の侍になりすまし、城内に侵入を図ろうとする輩がおると聞く。 修行も大事だが、お主の使命は殿をお守りすることだということを忘れるなよ。」

遠江で城主の地位にあった今川家の家臣。
しかし今川家が 徳川家・武田家 の両国から攻められるようになると、徳川家の家臣「高力清長」の仲介を受け、今川家から離反して徳川家に味方した。
その後、一族が再び今川家に戻ろうとして「久野家」は分裂するが、彼は徳川家にとどまり、以後 重用される事になる。
徳川家康 に従って各地を転戦し、徳川家が 豊臣秀吉 の命令で関東に移された後、1万3千石の城主となっている。
徳川幕府が開かれた後は、故郷の遠江・久野の地を再び治める事となった。
部隊アイテム
駿河水浅黄染 = 額当て。 防御15、耐久20。 気合+30、水+5。
ドロップアイテム
苦悩の衣 = 胴装備。 神・陰。 防御22、耐久28、Lv14。 腕力・耐久・器用・知力・魅力、すべて -5。




鵜殿 長照 (うどの ながてる) Lv60 神官 目付 小荷駄隊守将
「我が母は、殿の御妹君だ。 たとえ何があろうとも、父ともども、我らは今川家のために働く所存。」

セリフにもある通り、母が 今川義元 の妹で、つまり親族にあたる。
織田家と今川家が戦った「桶狭間の戦い」で、尾張の拠点「大高城」の守備に就き、織田家の攻撃を防いだ。
しかし 今川義元 はこの戦いで 織田信長 の奇襲によって戦死。
その後、多くの家臣や豪族が今川家から離反する中で、今川家にとどまり続け、三河の西を徳川家の攻撃から守り続けた。

しかし数年後、居城が 徳川家康 の放った 甲賀忍者 の手によって炎上し、彼も捕虜となってしまう。
その後、彼の身柄は今川家の人質となっていた家康の長男「信康」、家康の正妻「築山殿」との捕虜交換によって、今川家に戻された。
(捕虜となったのは彼の子や弟であったという説もある。 この辺りは文献によって記述がまちまちで、はっきりしない)
部隊アイテム
焼津弓道具 = 特殊装備。 防御2、耐久26。 攻撃+5、器用さ+6、知力+4。
ドロップアイテム
鵜殿の神聖鎧 = 胴装備。 侍・僧・神・鍛・薬。 防御44、耐久56、Lv19。 攻撃+8、全属性+3。


一宮 宗是 (いちのみや むねこれ) Lv50 神官 敵後陣後詰
「この戦国の世に家名を興し、栄えさせたいと願うはどこも同じ・・・。 それは、当家とて例外ではないぞ。」

今川家が 武田家・北条家 と「三国同盟」を結んでいた頃、武田家が信濃に侵攻した際に、今川家からの援軍として信濃に派遣された侍大将。
その後、今川家の上洛(京都への進軍)中、「桶狭間の戦い」で戦死した。

ドロップアイテム
一宮刀 = 刀。 侍・鍛・薬。 攻撃43、耐久32、Lv20。 知力+4。 防御呪詛・壱(30)


粟生 永信 (? ながのぶ) Lv45 陰陽師 敵先陣後詰
「・・・最近、当家の侍になりすまし、城内に侵入を図ろうとする輩がおると聞く。 修行も大事だが、お主の使命は殿をお守りすることだということを忘れるなよ。」

(この人も詳しいことがわかりません)
(名前はおそらく「あわお」か「あお」と読みます)
(戦国時代から 200 年ほど前の南北朝時代に、足利一族の武将として 今川氏、粟生氏の名がありますので、その粟生氏の末裔で、今川家とはその時代から関係のあった重臣の家柄だったのでは? と思います。
また、徳川家の重臣「板倉勝重」の母が「粟生家」の出身であることから、これとも関係がありそう)

ドロップアイテム
念じ棒 = 錫杖。 僧・神・陰・薬。 攻撃30、耐久53、Lv14。 気合+20、土+2、呪術・壱(30回)


伊丹 康直 (いたみ やすなお) Lv50 鍛冶屋 与力 中陣左翼大将
「ふう・・・。 武芸を極める道のりは、まだまだ長いですな。」

元は摂津(大阪)の大名家「伊丹家」の一族だったと言われている。
摂津の支配権を争っていた「細川家」との戦いに敗れ、主君が戦死し、彼は船に乗って海路で駿河に逃れ、そこで今川家に仕えたようだ。
元々船の扱いに長けていたようで、今川義元 の死後、今川氏真 の時代に「海賊奉行」となり水軍を統率した。
その後、駿河が武田家に攻められて支配されると、武田家の水軍となって北条家の水軍と交戦。
さらに武田家の滅亡後は徳川家に仕え、「御船奉行」となった。

「水軍の指揮官」は貴重な人材であったため、どの大名家も彼を配下にすることを望んだようだ。
部隊アイテム
黒鴉 = 鉄砲。 攻撃49、耐久34。
ドロップアイテム
伊丹水軍兜 = 頭装備。 鍛。 防御22、耐久57、Lv18。 水+7。
伊丹水軍鎧 = 頭装備。 鍛。 防御44、耐久84、Lv17。


浦原 氏徳 (かんばら うじのり) Lv50 神官 奉行 後陣中翼副将
「よい目をしておるな。 お主はきっと・・・強くなるぞ。」

「蒲原氏」は元々、足利将軍家の護衛などを務めた由緒ある家柄で、代々将軍家に仕えていた一族だった。
そして彼の代に、蒲原氏の領地のあった遠江を支配していて、将軍家の血筋でもあった「今川家」に仕えた。
その後、織田家との戦いなどで活躍するが、今川家が京都を目指して上洛(京都へ向かう)途中、「桶狭間の戦い」で 織田信長 の奇襲により戦死した。
部隊アイテム
守護刀 = 刀。侍・神・鍛。攻撃42、耐久42、Lv19。 防御+4、攻撃呪詛・壱(30)




飯尾 連竜 (いいお つらたつ) Lv55 陰陽師 目付 後陣左翼大将
「昨今の若者は、己の立身出世のことばかり。 命を懸けて殿を、この国を守ろうとする気骨のある者など皆無に等しい。 このままでは、当家は・・・。」

今川家の重臣で、遠江にあった「曳馬城」の城主を務めていたが・・・
「桶狭間の戦い」で 今川義元 が 織田信長 に討たれ、徳川家康 が三河で独立すると、徳川家に内通し、遠江にいる他の今川家の城主・家臣を巻き込んで今川離反運動「遠州錯乱」を引き起こし、その中心人物となった。
そのため、居城の「曳馬城」を今川家の後継ぎ「今川氏真」に数度にわたって攻められるが、すべて撃退している。

しかしその後、氏真 から和平交渉を持ちかけられて、交渉のために駿河におもむいた際、そこで暗殺された。
のち、彼の城「曳馬城」は徳川家に制圧され、そして「浜松」と改名される。
部隊アイテム
横木瓜紋黒紐袴 = 腰装備。 防御14、耐久26。 耐久+5、器用さ+5。
ドロップアイテム
飯尾の黒直衣 = 胴装備。 神・陰。 防御32、耐久37、Lv18。 気合+30、知力+5、魅力+5。


井伊 直親 (いい なおちか) Lv45 薬師 侍大将 中陣中翼副将
「・・・それがしは、この国を愛しておる。 それがしと共に、この国を長く守ってゆかぬか、○○。」

「井伊家」は元は遠江の豪族(地方権力者)で、後に今川家に仕えた。
しかし彼の父である「井伊 直満」は、今川義元 に謀反(反逆)の疑いをかけられて殺害された。
その後、彼が井伊家の後を継ぐのだが、彼もまた、今川氏真 に謀反の疑いをかけられ、釈明に行く途中に殺害された。
親子二代で、今川親子二代に謀反の疑いで殺された事になる・・・

しかし彼の子「直政」は、流浪の末に徳川家に仕官し、そこで「井伊の赤備え」を率いて活躍、後に「徳川四天王」の一人として称えられる事となる。
部隊アイテム
細平井刺繍上布 = 首防具。 防御12、耐久18。 耐久+4、知力+4。

ドロップアイテム
井伊の赤頭巾 = 頭装備。 全職。 防御17、耐久37、Lv17。 火+6。
井伊の赤胴 = 胴装備。 侍・僧・鍛・薬。 防御40、耐久78、Lv18。 器用+5、火+5。


三浦 義就 (みうら よしなり) Lv50 神官 敵中陣後詰
「戦は勝たねば意味がない! 違うか、○○?」

「三浦家」は古くから今川家における重臣の家柄であり、そのため「桶狭間の合戦」においても、今川義元 の本隊に付き従っていた。
しかしこれが災いとなり、桶狭間の合戦で今川軍の本隊は信長の攻撃で壊乱、 義元 と共に討ち取られている。
ドロップアイテム
三浦家直垂 = 胴装備。 全職。 防御23、耐久18、Lv19。 全属性+4。




瀬名 氏俊 (せな うじとし) Lv50 陰陽師 敵後陣後詰
「氏広は、分家して関口を名乗っておるが、我が弟なのだ。 家康に嫁いだ氏広の娘が「瀬名姫」と呼ばれているのは、瀬名の姫であるからよ。 まあ、今では「築山殿」とか呼ばれているそうだがな。」

「瀬名一族」は駿河の豪族であり、「今川家」が駿河で隆盛していく上での重要な支持者でもあった。
そのため、今川家と瀬名家の間柄は深く、姻戚関係にもある。
セリフにある通り、徳川家康 の正室(最初の妻)である「築山殿」は、今川家の一族でもある、この瀬名家から嫁いだ姫だった。

瀬名氏俊 は「桶狭間の戦い」で先陣の侍大将を勤めていたが、本陣の 今川義元 が 信長 に討ち取られてしまったため、そのまま帰還し、豪族の瀬名家に戻っている。
後に一族は 徳川家に仕えた。
ドロップアイテム
うなぎ柄水干 = 胴装備。 神・陰。 防御25、耐久19、Lv20。 生命+50、気合+50、魅力-5。

=今川家 城内=

松下 之綱 (まつした ゆきつな) Lv39 僧
「・・・よいか、○○。 力押しだけでは、この乱世生き残れぬ。 まずは信頼のできる仲間を見つけることだ。 さすれば共に競い合い、助け合い・・・自然、成長することができようぞ。」

豊臣秀吉 の恩人。
秀吉の伝記である「太閤記」には「松下嘉兵衛」の名で登場する。
今川家の家臣で遠江にあった砦を守っていたが、今川家が滅亡した後は浪人し、後に豊臣家・徳川家に仕えた。

織田家に仕える前の、若い頃の木下藤吉郎(秀吉)を奉公人として雇っていたことがあり、結局 藤吉郎はトラブルを起こしてそこを出て行くのだが、松下之綱 には大変世話になっていたと言う。
そのため、のちに出世した秀吉に召し出され、豊臣家の天下になると遠江に 1万6千石 の領地を与えられ、城主となった。
また、彼の娘は徳川家の剣術指南役「柳生宗矩」に嫁ぎ、剣豪「柳生十兵衛」の母となっている。
ドロップアイテム
藤吉朗の小袖 = 僧衣。 僧・薬。 防御24、耐久41、Lv16。 魅力+8。




奥平 貞能 (おくだいら さだよし) Lv50 神官 目付 中陣中翼大将
「我らは山家三方衆の一家。 今は今川家を頼みとしておるが・・・。 いや、なんでもない。」

「山家三方衆」の一家であり、徳川家の家臣「奥平信昌(貞昌)」の父。
「山家三方衆」とは三河の山奥一帯を支配していた地元勢力で、戦略上の要所でもあったため、各大名家から工作や勧誘を頻繁に受けていた。
信On では、父の「貞能」は今川家の家臣として、子の「信昌(貞昌)」は徳川家の家臣として登場するが、実際には両者は共に行動しており、今川・徳川・武田の間で何度も主君を変えている。

最初は今川家の家臣だったが、今川義元 が桶狭間で戦死すると、父子共に徳川家の家臣となる。
しかし武田家が三河に進軍すると、徳川家 から離反し武田家側に付いた。
ところが 武田信玄 が病死し、武田勝頼 の代になると、その勝頼との仲が悪くなったため再び徳川家に復帰。
その後、三河と信濃の国境にある「長篠城」の城主となり、武田軍が侵攻してきた際に親子でそれを防ぎ、結果として 織田・徳川軍 の鉄砲隊が 武田騎馬隊 を撃ち破った「長篠の戦い」の大勝を呼ぶ事になる。
のち、奥平家は「松平家」を名乗り、徳川幕府における大名家となった。
部隊アイテム
三光鳥弓 = 弓。 攻撃23、耐久38。 腕力+4、水+2、火+2、風+2。
ドロップアイテム
駿河弓 = 弓。 侍・神。 攻撃26、耐久30、Lv17。 知力+6。




関口 氏広 (せきぐち うじひろ) Lv50 陰陽師 目付 後陣左翼副将
「わしはれっきとした今川一族じゃ。 その娘を室に迎えながら・・・家康め、尾張の大うつけなどと誼を通じるとは・・・。」

今川家の一族で、兄は瀬名一族の 瀬名氏俊、妻は 今川義元 の娘である。
彼の娘は 徳川家康 の正妻「築山殿」であり、つまり 築山殿 は 今川義元 の孫に当たる。

「桶狭間の戦い」で 今川義元 が戦死し、徳川家康 が今川家から独立した後、自刃している。
なぜ彼が自刃したのかはよく解っていない。
氏真に責められた末の自刃のようだが、家康が独立したからなのか、裏切りの疑いをかけられたからなのか、それとも謀略によるものなのか・・・
いずれにせよ、義元死後の今川家の混乱の、犠牲者の一人だろう。
部隊アイテム
駿河凧 = 特殊装備。 防御6、耐久17。 魅力+10。
ドロップアイテム
関口和製南蛮胴  = 胴装備。 侍・鍛。 防御58、耐久94、Lv18。 器用さ-5、知力+5、魅力+5、水+4。


朝比奈泰朝

朝比奈泰朝
朝比奈 泰朝  (あさひな やすとも) Lv55 薬師 奉行 後陣右翼大将
「継続にこそ意味がある。 下賎な成り上がり者には、わからんだろうがな。 今川の家を守ることが肝要なのだ。」

今川家の重臣。
「桶狭間の戦い」では織田家の砦を攻略するが、今川義元 が討ち取られた知らせを聞き退却した。
その後、今川氏真 の命令で裏切りの疑いをかけられていた「井伊直親」を討伐するが、この事から氏真に信用されていたことがわかる。

今川家が武田家の侵攻を受けるようになると、駿河から逃げてきた 今川氏真 を城に迎えて徳川家と戦い、半年近く防戦し続けるが、駿河が武田家に制圧されると 今川氏真 の安全を約束して徳川家と和議を結び、氏真 と共に北条家に落ち延びた。
その後の消息は不明。 最後まで、今川家に尽くした家臣だ。
部隊アイテム
藤枝大薙刀 = 薙刀。 攻撃59、耐久68。 腕力+4、土+8。
ドロップアイテム
義の薙刀  = 薙刀。 侍・僧・鍛・薬。 攻撃70、耐久83、Lv19。 器用+3。


由比 正純 (ゆい まさずみ) Lv50 神官 奉行 後陣右翼副将
「・・・心の動揺は、刀や槍のさばきにも現れる。 心を弱くすれば、それは必ず相手にも伝わるもの。 一度敵と刀を交えたならば、決して迷うな。気で倒せ。」

「由比家」は今川家の重臣の家柄である。
父である「由比正信」が「桶狭間の戦い」で戦死すると、その後を継ぎ、今川氏真 に仕えた。
武田家が今川家の駿河に侵攻してくると、今川氏真 と共に遠江に逃れ、朝比奈泰朝 らと共に徳川家の攻撃を防ぎ続けるが、その中で戦死した。
部隊アイテム
堅三引両紋弓 = 弓。 攻撃25、耐久36。 腕力+4、水+8。
ドロップアイテム
駿河黒漆塗り大鎧  = 胴装備。 侍・僧・神・鍛・薬。 防御44、耐久67、Lv20。 知力+6、全属性+3。


大原資良 大原 次良 (おおはら つぐよし) Lv48 陰陽師
「修行に終わりはない。 常に向上心を持つことが肝心だぞ。」

三河にあった「吉田城」の城主であり、三河が今川領だった頃に三河を統治する役目にあった。
しかし三河で 徳川家康 が独立するとその攻撃を受け退却。
後に遠江の城を守り、徳川家と戦いを続けるが、さらに武田家からの攻撃も受けるようになり、城は落城。
しかし堅城「高天神城」に逃げ伸び、さらに抵抗を続けたという。
ドロップアイテム
大原紋付直衣  = 胴装備。 神・陰。 防御35、耐久39、Lv20。 気合+40、知+4。


岡部正綱

岡部正綱
岡部 正綱 (おかべ まさつな) Lv55 侍 奉行 後陣中翼大将
「武田の門前に馬を繋ごうとも、徳川の下風に立つことはできんな。」

16才の初陣で早くも手柄を立て、活躍が見込まれた武辺者。
今川領だった駿府に武田家が侵攻して来た際、主君の 今川氏真 を始め多くの家臣が遠江に撤退していく中、駿府城に立てこもり、武田家と戦い続けた。
その後、武田家からの説得に応じて城を開け渡し、武田家の家臣となる。
この時 武田信玄は、「一将は得難く、万卒は得易し」と言い、礼を尽くして彼を迎えたと言う。

以後、武田家の武将として各地の合戦で功績を立てるが、武田家の滅亡後は浪人となった。
晩年、武田家の遺臣を集めて徳川家に仕え、甲斐の平定などに貢献し、その後に病死している。
部隊アイテム
駿河三日月 = 立物(頭装備に付ける飾り)。

ドロップアイテム
正綱青塗り筋兜 = 兜装備。 侍・鍛。 防御30、耐久30、Lv20。
正綱青塗り具足 = 胴装備。 侍・鍛。 防御59、耐久79、Lv20。 腕力+5。


鵜殿長持

鵜殿長持
鵜殿 長持 (うどの ながもち) Lv60 神官 中老 本陣四天王
「我が妻は、殿の御妹君である。 事あるときは、藩屏として、殿を最後までお守りする所存。」

「鵜殿家」は三河の国人(地元の領主・侍)で、セリフにある通り、彼は今川義元 の妹を妻とした今川家の重臣だった。
義元の妹を妻とした後は、今川家の力を背景に三河での勢力を強めている。
経歴が今ひとつはっきりしていない人物で、「桶狭間の戦い」の前に死んだと言う説と、桶狭間の戦いの後、徳川家康 の放った 甲賀忍者 により殺されたという2つの説がある。
鵜殿家の一族の中には 徳川家康 に仕えた者もいるようで、家康の側室なども出ているようだ。

部隊アイテム
異姓庭訓往来 = 特殊装備。 防御4、耐久?。 攻撃+1、知力+7、魅力+7。
ドロップアイテム
鵜殿の神聖着 = 胴装備。 神・陰。 防御37、耐久40、Lv22。 全属性+6。


庵原将監 庵原 将監 (いはら しょうげん) Lv60 陰陽師 中老 本陣四天王
「・・・千里の行も、足下より始まる。 どんなに遠大な計画も、手近な一つ一つの行いから始まるものだ。 焦らず、騒がず、まずはできる事から努力していくことが大事だぞ。」

駿河の国の豪族。 本名は庵原忠緑(ただより)。
今川家の軍師「太原雪斎」も、この庵原家の出身である。
彼の武将としての詳細は解らないのだが・・・ 武田家の侵攻軍との戦いで活躍したと言う。
部隊アイテム
紅葉石 = 首装備。 防御16、耐久?。 生命+80、耐久力+3、炎+8。
ドロップアイテム
駿河三独鈷 = 打棒。 僧・神・陰・薬。 攻撃24、耐久38、Lv16。 低速化・壱(30)
将監冠 = 頭装備。 忍者以外。 防御20、耐久40、Lv21。 気合+40、魅力+4。


岡部元信

岡部元信
岡部 元信 (おかべ もとのぶ) Lv60 侍 中老 本陣四天王
「主君の首を受け取るような役目だけは、御免こうむりたいものだ。
・・・ああ、不吉なことを申したな。 忘れてくれ。」

織田家と戦った「桶狭間の戦い」で先陣の大将を務めており、尾張の前線の城「鳴海城」を陥落させるが、今川軍の本陣は 織田信長 に奇襲され、今川義元 は戦死した。
その際、今川軍が敗走していく中で彼は 鳴海城 に留まり戦い続け、主君・義元 の首を要求し、その首と引き換えに城を返還、首を駿河へと持ち帰った。

その後も 今川氏真 を盛り立てて徳川家との戦いを続けるが、今川家は滅亡。
その後は武田家に仕え、堅城「高天神城」の城主となり、再び徳川家との戦いを続け3年間城を守り続けるが、ついに孤立無援の中、徳川軍の 本多忠勝 の猛攻を受け戦死した。
部隊アイテム
岡部隊特攻面 = 顔当て。 防御23、耐久24。 攻撃+4、気合+60、腕力+8。
ドロップアイテム
忠義の面具 = 頭装備。 侍・僧・忍・鍛・薬。 防御24、耐久55。 腕力+5、英明・壱(30)


葛山氏元

葛山氏元
葛山 氏元 (かつらやま うじもと) Lv60 神官 中老 本陣四天王
「長いものには巻かれるのも、戦国を生き抜く術であろうよ。
・・・なんだ、その顔は。不服だと申すか? ふん、ならば、土壇場でのその方の進退、しかと見届けさせてもらおうかの。」


「葛山家」は駿河の豪族だったが、その支配地域が今川家の駿河、武田家の甲斐、北条家の相模の3ヶ国の国境沿いに位置しており、さらに広い範囲を支配下に収めていたため、形の上では今川家に従属していたが、武田家や北条家とも関係が深く、今川家の家臣の中でも特別な存在だった。
例えば、葛山氏元 自身は今川家の家臣として活動していたが、一族を武田家の一門に加えさせ、さらに北条家には娘を嫁がせている。

今川家が武田家からの侵攻を受けるようになると、今川家を見限って武田家の配下となったのだが・・・ その後の消息ははっきりしていない。
信玄に裏切りの疑いをかけられ、自刃したとも、謀殺されたとも言われているが・・・
いずれにせよ、その特殊な立場から、何らかの謀略に巻き込まれた可能性は高いだろう。
部隊アイテム
今川仮名目録 = 特殊装備。 防御6、耐久?。 気合+50、知力+9。
ドロップアイテム
赤塗小烏帽子 = 頭装備。 侍・僧・神・陰・薬。 攻撃20、耐久30、Lv21。 魅力+6、火+5。


今川氏真

今川氏真
今川 氏真 (いまがわ うじざね) Lv53 神官
「・・・○○か。 僕は・・・時々、父上が恐ろしい。 ああまでして、いったい、何を求めておられるのか・・・。
もはや父上ではない、ほかの何かになり果てたかのような・・・ ・・・こんな風に考えるのは、やはり僕が惰弱だからなのかな?」


今川家の跡継ぎであり、今川義元 が「桶狭間の戦い」で戦死した後の、今川家の当主であるが・・・
京風文化の駿府の町で育った お坊ちゃん であり、「和歌」や「蹴鞠」の腕前は素晴らしかったが、一国の当主としての器は無かった。

父・義元の死後、三河では 徳川家康 が独立の動きを見せるが、それを防ぐ事が出来ず、さらに遠江では家臣や豪族が次々と離反。
今川離反運動「遠州錯乱」まで巻き起こり、それを止める事も出来なかった。
その後、武田家が敵対する姿勢を見せ始めると、甲斐への塩の輸出を止める「塩止め」を行い、周辺諸国にも協力を要請するが、上杉家がそれに応じなかったため、武田家を怒らせただけのただの嫌がらせで終わる。
そして武田家の今川家侵攻が始まると、本国の駿河をあっさり捨てて遠江に撤退し、そこで徳川家と半年ほど戦い続けるが、結局 徳川・武田の両国に挟まれる格好となって降伏、北条家に落ち延びた。
これで事実上、今川家は「滅亡」となる。

北条家に落ち延びた後はしばらくそこで暮らしていたが、北条氏康 の死後、北条家が武田家と同盟を結んだために追い出されてしまい、かつての敵であった徳川家を頼って、京都へと移住した。
後年、父のかたきである 織田信長 の前で、蹴鞠 を披露したことは有名である。
その後は「高家(貴族)」として、唄と蹴鞠に生きた文化人となったのだが・・・
大大名「今川家」の末裔としては、虚しい最後と言えるだろう・・・
もっとも、本人はそれで幸せだったかもしれない。
ドロップアイテム
蹴鞠着 = 胴装備。 全職業。 防御28、耐久31、Lv21。


太原雪斎

太原雪斎
太原 雪斎 (たいげん せっさい) Lv65 僧 中老 本陣軍師
「花倉の乱より、わしは殿のため、今川家のために尽くして参った。 今更、何を恐れることがあろうか。
・・・そう、たとえそれが、人の身には禁忌であろうとも・・・。」


戦国時代における最高の軍師の一人。
若干20代で、仏教を通じて多くの学問を究め、最高クラスの高僧にまでなったというエリート中のエリート僧。
その後、まだ幼少の頃の 今川義元 を預かり、その養育係となった。

今川家の当主であった今川義元の兄「今川氏輝」が若くして病死すると、太原雪斎 は 義元 を今川家の当主とするために挙兵、義元の兄である「玄広恵探」 と、玄広恵探 を当主にすべく挙兵した「福島正成」を急襲し、これを討ち破って 今川義元 に今川家を継がせる事に成功する。
セリフに出てくる「花倉の乱」とは、この跡継ぎ争いのことである。

今川義元 が当主になった後は、お寺の住職を務めながら、今川家の軍師として活躍。
内政面での活躍はもちろん、法衣の上に鎧を着て兵を率い、織田信長 の父「織田信秀」の軍勢を打ち破って三河を政略的に支配。
さらに外交官としても奔走し、今川家・武田家・北条家 の3国による「三国同盟」を成立させた。
その後、病死しているが、彼があと5年長く生きていれば「桶狭間」の今川家の悲劇はなかったと言われている。

ちなみに今川家の人質になっていた、幼少時代の 徳川家康 の教育係を務めていたのも彼である。
つまり 太原雪斎 は、今川義元 と 徳川家康、共通の師でもある。
徒党員武将
藤枝氏秋 長谷川正長 戸田重貞
部隊アイテム
赤鳥飛翔軍配 = 特殊装備。 防御5、耐久?。 攻撃+5、生命+80、知力+8。
ドロップアイテム
軍師の紫衣 = 胴装備。 僧・薬。 防御46、耐久55、Lv20。 知力+5。
太原雪斎軍略書 = 書物。 全職業。 攻撃10、防御3、耐久10、Lv?。 知力+4、全属性+3。

=駿河・遠江のその他の人々=

寿桂尼
……雪斎を用いて義元に今川の家督を継がせたのは、わらわじゃ。
しかしもう、わらわには雪斎や義元が何を考えているのかわからぬ……。」


今川義元 の母。
あたり前だが、義元の兄「氏輝」の母でもあり、義元の父「氏親」の妻。
義元の兄「氏輝」が当主だった時代には、氏輝を補佐する名目で自ら領地経営などを行っており、他の戦国時代の女性と違って、かなり表立って国政などに口出ししていた人だった。
NHK の大河ドラマ「武田信玄」では、パッとしない 今川氏真 を補佐する実質的な指導者という感じだったが、あれも案外、間違った設定ではないのかもしれない。


武田 信虎
誰も恨まぬ。 この乱れた世を恨むのみじゃ。
晴信や信繁がおる限り、武田の家が滅ぶことはあるまいて……。」


武田信玄 の父。 甲斐の国の元国主であり、大名。
豪族や国人達が互いに争っていた甲斐の国を、その武力で一気に平定し、甲府の城下を築いた。
しかし俗に言う「暴君」で、住民の生活を返り見ることはなく、重税や徴収を繰り返し、苦言を呈する家臣がいれば容赦なく斬り捨てたり、追放したりした。
そのため、反感を持った家臣達は彼の子「武田晴信(後の武田信玄)」を擁立し、信虎が今川家に出向いている時を狙ってクーデターを起こし、信虎が帰れないように国境を封鎖。
結果的に信虎は追放され、そのまま駿河の地で暮らした。 後に流浪し、信濃の地で没している。
信On では、初期の戦国時代きっての武闘派大名だけあって、レベルは 52 だ。

玄広 恵探
今川義元 の 異母兄弟 の兄。 出家していたので、名前は「法名」である。
彼の兄であり、今川家の当主でもあった「氏輝」が若くして病死すると(毒殺の可能性も高い)、その後継者として名乗りを上げた。
しかし側室の子であったために支持が得られず、今川家の重臣「福島正成」の協力を得て挙兵するが、義元を擁立しようとしていた 太原雪斎 の軍勢に破れ、自刃した。(花倉の乱)
後年、京都に上洛中の 今川義元 の前に亡霊となって現れ、「これ以上進むな!」と忠告したという伝説がある。
信On では、駿河の屋敷、通称「キノコハウス」に 福島正成 と共に登場する。
ドロップアイテム
花倉の恨み袈裟 = 胴装備。 僧・薬。 防御41、耐久43、Lv18。 器用-3。


福島 正成
今川家の重臣。 福島は「くしま」と読む。
今川家の当主「氏輝」が病死(毒殺?)し、その弟「玄広恵探」が跡継ぎとして名乗りを上げた「花倉の乱」の時、それに応じて挙兵したが、対抗者の 太原雪斎 に城を急襲され戦死した。
信On では 玄広恵探 と共に駿河の屋敷に登場するが、なぜか取り巻きは「毒死者」とかの死霊系の敵ばかりである・・・
今川義元 が当主になっていると言うことは、彼らが生きているはずはないので、彼らも死霊ということだろうか。
なお、今川家には戦国時代の初期に 武田信虎 と戦って戦死した「福島正成」という武将もいて、彼の息子はその後 北条家 に落ち延び、北条家の黄備えの名将「北条綱成」となっている。
「花倉の乱」で戦った「福島正成」と、北条綱成 の父である「福島正成」は、死んだ年代が 15 年も違うので別人である可能性が高いのだが、混同されている記録が多く、そのため彼の正確な経歴はいまひとつ不明だ。
ドロップアイテム
暗黒の兜 = 頭装備。 侍・鍛。 防御20、耐久55、Lv15。 腕力+5、魅力-5。
黄幡の小槍 = 槍。 侍・僧・忍・鍛・薬。 防御38、耐久80、Lv18。 腕力+4、土+4。

=徒党員として登場する武将=

●戦闘時、特定の武将の徒党員としてのみ登場する武将です。
●会話は出来ないので、
本来は顔の画像はありませんが、信On の顔の画像の元である「信長の野望 天下創生」のものを掲載しています。(「天下創生」に顔グラフィックがなく、他の作品のものを使用している場合は、それを表記しています)

吉良 義安 (きら よしやす) Lv65 侍  今川義元 徒党員、二人目 画像は「蒼天禄」より
吉良家は遠江や三河に勢力を持っていた名門の家柄で、「御所(将軍家)が絶えれば吉良が継ぎ、吉良も絶えれば今川が継ぐ」と言われていたほどの名家だった。
しかし戦国時代に入ると織田家や今川家に圧迫されて、勢力はどんどん衰退。
吉良義安 は 吉良家 を継いで間もなく今川家の進攻に合い、駿府に連行され、そのまま今川家の武将となった。
今川家の人質となっていた幼少期の 徳川家康 が元服する際、その理髪役になっている。
後に幽閉されてしまい、そのまま没したと言う。

なお、三河の屋敷に登場する「吉良義昭」は兄弟で、吉良義安 が今川家に捕らえられた後も、吉良家の勢力を率いて徳川軍と戦っている。


孕石 主水 (はらみし もんど) Lv65 薬師  今川義元 徒党員、三人目
今川家の重臣であり、今川家 が滅亡した後は武田家に仕え、遠江の城「高天神城」の守将の一人となっていたが、徳川家の進攻によって 高天神城 が落城した際に捕らえられ、切腹させられた。

まだ彼が今川家の重臣だった頃、彼の屋敷は今川家の人質となっていた 徳川家康 の家のとなりだった。
そして、幼少の 家康 はよく「鷹狩り」をして遊んでいたのだが、この鷹がしょっちゅう 孕石主水 の家に迷い込むので、家康 は鷹を取りに 孕石主水 の家の庭に勝手に入り、見つかって何度も怒られていたという。
そのため 孕石主水 はよく「三河の小倅には全くあきれ果てた」とか「人質のくせに生意気な」とか言っていたらしい。
家康 はこの事を恨みに思っていたようで、高天神城が落城した際に、多くの将兵が助命された中で、孕石主水 だけはすぐに切腹を命じられたと言う。


藤枝 氏秋 (ふじえだ うじあき) Lv60 侍  太原雪斎 徒党員、二人目
今川家の家臣・・・ 以外の詳細は解らない。 「伊賀守」を名乗っていたらしい。
今川家が 織田信長 の奇襲によって敗れた「桶狭間の合戦」において、前備(先陣・先鋒)の侍大将として指揮をしていたが、織田軍との戦いで戦死したという。


長谷川 正長 (はせがわ まさなが) Lv60 陰陽師  太原雪斎 徒党員、四人目
駿河の豪族(地方権力者)。
今川家の家臣として活動していたが、今川家が衰退し、武田家の進攻を受けるようになると、今川家から離れ徳川家の家臣となった。
その後、武田家が上洛(京都への進軍)を開始し、徳川軍がそれに攻撃をしかけて大敗した「三方ヶ原の戦い」の際に、敵陣に突撃して戦死した。
ちなみに、時代劇「鬼平犯科帳」の主人公、長谷川平蔵 のご先祖らしい。


戸田 重貞 (とだ しげさだ) Lv60 薬師  太原雪斎 徒党員、七人目
三河の有力な国人(地元の領主)であり、松平家(後の徳川家)の家臣。
戦国時代の初期、三河は今川家の支配下となったため、三河の有力者はそろって今川家の傘下に入り、戸田重貞 も今川家の家臣となっていた。
しかし、今川義元 が「桶狭間の戦い」で 織田信長 に破れ、三河で 徳川家康 が独立すると、戸田重貞 を始めとする 三河・遠江 の有力者の多くが 徳川家に鞍替えしようとする。
だが、その動きを察した今川家の跡継ぎ「今川氏真」は有力者から人質を取って三河の 吉田城 という城に集め、その離反を防ごうとした。

しかし、戸田重貞 は 吉田城 の城主「大原次良」に取り入って親密になり、怪しまれなくなった所で人質だった母を救出、そして徳川家の配下となり、三河・遠江 の有力者が徳川家の配下になるのを支援して大きな功績を挙げた。
その後、徳川軍が 吉田城 に攻め入った際に参陣して奮戦するが、この戦いで戦死する。
彼の死後、家康はその功績に報いて戸田家の知行を倍増させ、さらに戸田家に「松平家」の姓を与えて同族にしたという。 後に子孫は信濃で七万石の大名となっている。


菅沼 定盈 (すがぬま さだみつ) Lv40 鍛冶屋  菅沼定村 徒党員、六人目 画像は「革新」より
三河の山奥の一帯を支配していた有力者「三家三方衆」の一人「菅沼定村」の子。
「野田城」という城の城主を勤めていた。
父と共に今川家の配下となっていたが、今川義元 が戦死した後は徳川家に付いた。
そのため、今川家 の跡継ぎ「今川氏真」に攻められて一度は降伏するが、徳川家 の援軍と共に再び「野田城」を奪還している。

その後、彼の親族である「三家三方衆」の多くは武田家に寝返るのだが、彼は徳川家に留まり続け、武田家 の進攻軍と戦った。
結果、野田城 は武田家に攻め落とされるのだが、「自刃するので城兵の命は助けて欲しい」と願い出たのを 武田信玄 に評価され、家臣になるよう説得される。
彼はそれを断るが、武田信玄 は徳川家に使者を出し、人質交換で身柄を徳川家に引き渡した。 彼の忠節を 徳川家康 は大いに賞賛したと言う。

ちなみに、彼の守っていた城「野田城」には、信玄狙撃の逸話がある。
大軍を率いて上洛中の 武田信玄 が、菅沼定盈 の守る 野田城 を包囲中、城内から美しい笛の音が聞こえてきた。
信玄は思わず陣頭に出て、その笛の音に聞き入っていたのだが、その時に城にいた「鳥居三左衛門」という鉄砲使いが信玄を狙撃して命中、致命傷になったという話だ。

これが真実なのか、ただの伝説なのかは解らないが、この時に信玄を狙撃したと言う鉄砲は「信玄砲」と呼ばれ、今も伝えられていると言う。

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